親より先にお別れした息子
- Shinyong the Chameleon

- 3 日前
- 読了時間: 4分
1ヶ月ほど前、
近所の韓国系の老夫婦の息子さんが
急逝された。
私と同じくらいの年齢で、
立派な職業にも就いていて、
ただ、お子さんはいらっしゃらなかったようだ。
一度だけ、数年前のサンクスギビングで
会ったことがある。
ちょっとした贈り物を
家に届けたとき、偶然、
ご家族や親戚一同とご挨拶することになり、
その息子さんとも話した。
韓国語はあまりわからない様子だったが、
ニコニコと笑顔で英語で話してくれた。
典型的なアメリカ移民の二世といった感じだった。
亡くなったことを知った日も、
偶然だった。
日本からのお土産を渡しに
行ったときのことだ。
玄関先で、魂の抜けたような
奥さんが顔を出された。
「おや?」と思ったが、
挨拶もそこそこに、いきなり
「Shinyongちゃん、
何かいいことあった?」と聞かれた。
「いや〜、そうですね。
日々元気に生きてます」と
ヘラヘラと笑ったら、
「そうだろう、それはよかった。
でもそういうことじゃないの」と言って、
「妊娠とかしてないね?」
と聞くものだから驚いて、
「私、もう産めないですよ〜!
どうしたんですか?」と尋ねると、
腕を引っ張って、
玄関先の椅子に座らされた。
一体何事かと驚いていると、
「息子が亡くなった」と。
驚きのあまり言葉にならず、
あたふたしていると、
細くなった体を預けてこられたので、
そっと抱きしめると、
自然に涙があふれてきて、
二人で玄関先で静かに泣いた。
1週間前に亡くなって、
3日前に息子さんのいたサンフランシスコから
葬儀を終えて帰ってこられたのだという。
それから、
「子供がいないのは老後が心配だ」とか、
「アメリカで暮らして苦労はないか」
「友達はいるのか」
「日本のご両親はまだ健在なのか」
など、私の心配を始めた。
奥さんはクリスチャンなので、
「信仰を持たないと
天国に行けないのではないか」と、
普段は言わないようなことも、
憔悴しきった顔で
堰を切ったように話し、
最後に「息子は天国に行けたかな」
とポツリと言って、黙ってしまわれた。
私はこう言った。
「奥さんもご存知のように、
神様はどこにでもいらっしゃるから。
たとえ息子さんがちょっと迷っても、
神様はすぐに見つけて、
道案内してくださるよ」と。
「そうだね、そうだね」と
安心したようにうなずかれ、
それから息子さんの葬儀に
たくさんの友達が来てくれたこと、
息子さんがこんなに立派に
生きてきたんだなと
初めてそう思えたことなどを、
ずっと聞きながら、日が暮れていった。
それからことあるごとに
家の様子を見たり、
携帯でメールを送ってみたり、
奥さんからも電話が
かかってきたりする。
時々、お菓子やご飯を交換したりもする。
先日も、日本のあずきバーに似た
韓国のアイスときゅうりを
持ってきてくださったのだが、
以前にもまして細くなった体が
少し心配だった。
その後ろ姿に思わず「お母さん」と
声をかけたら、
少し驚いた様子だったけれど、
嬉しそうに振り返って、
笑顔で帰っていかれた。
この歳になると、お母さん世代も
遠い大人ではなく、
ちょっと歳の離れた友達のように
なるものなのかもしれない。
むしろあちらの世代は、
世話をされたり、
子供返りするような雰囲気も
見せ始める年頃だから、
私が親世代に対して持っていた
「大人」のイメージとは違って、
少し緩さを見せ始めたような気がする。
遠く離れた自分の両親も、
そういう年頃なのかなと思いを馳せ、
まだ働き盛りだった頃の親を思い出し、
きっとこの奥さんにも
そのような時があったのだろうとも思った。
韓国にも日本と同じように、
「親より先に子が死ぬことは親不孝だ」
というように残念な気持ちを表現するけれど、
ガチで親不孝なわけはない。
親を悲しませたらいけないよ、
という意味くらいにとってほしいし、
人には人の人生が十人十色であるわけで、
短い方もいれば長生きされる方もいる。
それに、長く生きればいいというものでもないだろう。
先にこの世での人生を終えた息子さんには、
今は安らかに、
年老いたご両親を見守っていてほしいなと思う。





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