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死後の世界の可能性について

X(旧Twitter)でもつぶやいたのですが、

死んだらどうなるのかがわかっていたら、

多くの人が今の生き方とは

異なる道を選択しそうな気がします。


私自身、死んだらどうなるのか

全くわかりません。


死んだらどうなるかを

明確に示している方々も

いらっしゃいますが、

証明は今のところ不可能です。


誰かが言っていることを

根拠もなく、盲目的に信じて、

自分の人生を振り回されないよう、

十分に気をつけてください。


今日は、これまで

さまざまな体験やビジョンを見てきて、

少し感じていることをお話ししようと思います。


もしかしたら、

この「たられば」の話が、

私たちの思い込みを少しだけ

ほぐしてくれるかもしれません。


死後の世界の話をするとき、

よく「死後の世界がある・ない」

「魂がある・ない」

「輪廻転生がある・ない」という

二元論で語られがちですが、

実はそのどちらでもありうるとしたら、

あなたはどう思いますか?


私がよく使う表現としては、

「どちらもあるし、どちらもない」

というものが一番しっくりきます。


どういうことか。

ここからは、私の不思議なビジョンの話です。


人の臨終だけでなく、

生き物の臨終の場には無限に

居合わせているのですが、

そのときに不思議な光景を目にします。


ご遺体や終わった命から、

無数のエネルギー体がどこかに漂い、

流れていくのがわかります

(これが先日の「地球に食べられてる?」という

ブログにもつながっています)。


なんなら、ご臨終の前から

始まっているように見えています。

生きているうちから、

それは少しずつ始まっているようにも

感じられます。


ビジョンの詳細な描写は

ここまでにしておきますが、

もしこれが魂だというのであれば

そうかもしれません。

ただ、一つではないようなのです。


そこで私は仮定してみます。

魂を球体のような一つの

まとまったものとして思い浮かべている方も

いらっしゃるかもしれませんが、

仮に無数の粒子のようなものだとしたら、

魂はあるのかもしれないけれど、

霧散して「なくなった」ようにも

捉えられるかもしれませんね。


でも、エネルギーとしては一応「ある」。

だから、あるけど、ない。


水に塩を溶かしたら、

塩味はするけれど、

投入する前の塩はもう存在しない。

そんなイメージです。


あなたの魂は死後の世界も

続くかもしれないけれど、

霧散してしまったら、

個体としてのあなたは

肉体同様に解散しているので、

生前のあなたはもう「いない」ことになります。


でも、広がってどこかに「いる」状態です。


しかし、生前のあなたは

もう形成できません。


輪廻転生は、一つの魂が

またこの世に戻ってくることだと

世間一般には知られているかもしれませんが、

もし魂が一つではないとすると、

同じ記憶を持つものが

未来に複数人現れる可能性も否定できません。


また、たとえ記憶を持っていたとしても、

それは生前の個体とは

本質的に異なるものだと言えます。


実際、仏教では、輪廻転生は

他の伝統に見られるような

永遠不変の「魂」(アートマン)が

新たな身体に移るものではないとされています。


釈迦は「諸法無我」の教えを説き、

すべての現象が無常であり、

因縁によって生じ、変化し、

滅するものであるという縁起の道理に

基づいています。

般若心経にもその精神が表されています。


これは、

仏教が正しいという話ではなく、

遥か昔にすでにこうした仮説を超えた

明確な洞察を述べた存在がいたということです。


さて、死後の世界が

あるかないかという点に関しては、

魂が一定時間、浮遊

またはエネルギーとして

どこかに流れているとしたら、

死んだ後にも時間が経過しているので

「ある」のですが、

生前の個体はそれを体験または経験することができません。


よって、私たちにとって

死後の世界は、あるし、ない!(笑)


もちろん、すべて証明できない

たらればの話ですが、

否定もできないのではないでしょうか。


問題は、今を生きている私たちです。


魂が存在すると信じている人は、

今も徳を積み、

未来のどこかで生まれてくる自分のために

悪いことにならないよう

一生懸命努力しますし、来世を期待します。


しかし、もしかしたら

完全な個体としての自分は

来世には存在せず、

今世で綺麗さっぱりおさらばとなるかもしれません。


一方、魂がないと言い切っている人は、

「好きなように生きるべき!」と

人生を謳歌し、羽目を外すかもしれませんが、

もしかしたら霧散した魂が

なんの因果か再集合して、

下手したら記憶も残っていて、

前世の自分の行いを

後悔することになるかもしれませんね(笑)。


まあ、そんな想像をしてみるのも面白いものです。


一つ確実に言えることは、

今この瞬間は既に過去となり、

私たちは未来を生きているということです。


未来は今とつながっているので、

今を生きることは未来を

生きることに他なりません。


それが来世とつながるかどうかは

わかりませんが、

少なくとも今この瞬間の積み重ねが、

私たちの生きている世界線での

未来なのですから、楽しく、

懸命に生きることを

馬鹿にされる筋合いはありません。


自分の人生を善く、

一生懸命生きましょう。


そういうことですね。

お後がよろしいようで。

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