死んだら何も持っていけないのか?
- Shinyong the Chameleon

- 2025年3月22日
- 読了時間: 3分
2ヶ月前くらいに、ひとつの疑問が頭にポンと浮かびました。
死んだら本当に何も持って行くことはできないだろうか?
物理的に不可能と言い切れるのか。
要はこの世で存在したものを
死んでも持ち続けることはできないと
断言することはできるのか。
そんな疑問を持ってしまったのです。
まず、物理的な視点から見てみましょう。
この世で存在する物質的なもの、
例えばお金や物は、
死後には肉体とともに残されますよね。
肉体そのものが分解されていくわけですから、
物理的な所有物を持っていくことは
不可能だと科学的には言えそうです。
脳だって物質ですから、
記憶や意識もそこで終わる、というのが一般的な自然主義的な見方です。
でも、ここで引っかかるのは
「存在したもの」の定義です。
思い出や経験、魂の成長みたいな非物質的なものはどうなるのか。
物理法則だけで
説明できない領域に足を踏み入れると、
断言するのは難しくなります。
例えば、情報って物質じゃないけど、
何らかの形で保存されたり伝わったりする可能性はあるのか?
量子論とか意識の研究では、
情報が消えるのか、
それともどこかに残るのか、まだ結論が出てない部分もあります。
哲学や宗教だとさらに幅が広がります。
プラトンみたいな人は、
魂が不滅で知識や経験を
持ち越すって考えてましたし、
仏教だとカルマが次の生に影響するって言う。
科学的に証明できないけど、
人間の直感や文化が「何か持ってけるんじゃないか」って
思いたがるのも事実です。
そう、この疑問は積み重ねたものが
無駄になるかもしれない
私自身の一種の恐れから
生まれたものだとも
言えますよ。
物理的に「この世で存在したものを
死んでも持ち続けることはできない」
と断言するのは、
現在の科学の枠組みでは可能だと思います。
ただ、それが「絶対」かと聞かれると、
非物質的なものや未知の領域を
完全に否定する証拠もない。
なので、100%言い切るのは傲慢かもしれないし、
謙虚に「わからん部分もある」と留めておくのもアリかもね。
例えば今世で得たもの、
貯めてきたものを一括して
財産という言葉に置き換えるならば
財産とは私にとって
「自分や他人に影響を与え、かつ豊かにするもの」
だと思っています。
お金だって使い方次第で
自分や他人を豊かにするツールになるし、
逆にただ溜め込むだけなら「財産」とは言えないかもしれない。
知識や優しさ、誰かに残した笑顔とかも、
影響を与えて豊かにするから立派な財産ですね。
こういう財産って死後も「持って行く」ってよりは
「残す」形で存在し続けるのかも。
直接ポケットに入れて
あの世に行くわけじゃないけど、
誰かの記憶や人生に刻まれることで、
間接的に「持ち続ける」みたいな。
この考え方だと、
財産って単なる「所有」だけではなくて
「与えるもの」や「つながり」だとも言えるのです。
この世とあの世は繋がっている、
っという概念が広く
スピリチュアル界にはありますが
だとしたら、あなたと私
そして私たちが脈々と繋いできた財産は
今も昔も
世界中のどこにでも
生きても、死んでも受け継がれていく「財産」だと
言えるかもしれませんね。
良い週末を!





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