最近出会った人々の様々な魂
- Shinyong the Chameleon

- 9月1日
- 読了時間: 5分
マンハッタンでの出張を大成功に終え、
NYC(ニューヨーク・シティ)から
空港に向かう車での出来事です。
運転手は欧州出身だという人で、かなり強烈でした。
荷物を積み込み、車に乗り込んでしばらくすると、
運転手が自らの移民の経緯を話し始めました。
何も尋ねていないのに、ひたすら喋り続けるタイプ…
正直、ちょっと苦手です。
そして、その話の内容が、どう考えても
法的に問題のあるものでした。
聞いているうちに嫌気が差し、
私は口を閉ざしました。
何が嫌だったかというと、
彼は「してやったり」と
得意げな態度だったのです。
私には「犯罪者」にしか見えないのに、
彼自身は「賢く生きている」と
信じているようで、したり顔でした。
旦那さんはそんな話を適当に
相槌を打ちながら
やり過ごしてくれていましたが、
それが運転手をますます調子づかせたのか、
今度は軽い接触事故で
保険金をせしめるために怪我を偽装し、
必要のない手術まで受けると話し始めました。
もう私の心の中の悪魔が
「その手術、失敗しろ!」と
叫びましたね(笑)。
すぐに「キャンセル、キャンセル」と
その思いを打ち消しましたが!
最悪な気分で空港に到着し、
車を降りる際、ふと運転手に
「あなた自身をちゃんとケアしてくださいね」
と声をかけました。
その瞬間、改めて彼の顔を見たら…
なんとシュークリームの皮のようだったのです(笑)!
一瞬、シュークリームの皮に
目や鼻、口があるのが見えました。
「おお…(汗)」と慌てて目を逸らし、
スーツケースを転がして空港へ急ぎました。
気の毒なことに、彼自身は
その「シュークリームの顔」に
気づいていないのでしょう。
私のビジョンなので
現実ではありませんが、
まさに「忌々しい」という
言葉がぴったりでした。
私はこうした顔や背景を持つ人とは
極力関わらないか、
距離を置くようにしています。
もちろん、旦那さんにも
その都度報告し、
「距離を取れ」と伝えています。
最近も、頭と額だけ異様に大きい人や、
瞳が人を吸い込むような吸引力を持つ人など、
個性的な人々に遭遇しました(笑)。
もう慣れたもので、
笑うか顔をしかめる程度ですが、
まるで地獄のような騒ぎです(笑)。
すべてが悪いことばかりではありません。
こうした奇妙な現象は、何かを察知する
手がかりになることもあります。
アドバイスする時に役立っていますよ。
私の顔や体にも、時折不思議な変化が
現れることがありますが、
原因を察知し、
一時的なものであれば気にしません。
しかし、先ほどの運転手は…
もう手遅れです。
救いようがなく、
本人もそれを望んでいないようでした。
魂を手放してしまったのでしょう。
彼に加担する人々も、
似たような顔をしているか、
あるいはもっと悲惨かもしれません。
いずれにせよ、彼らが選んだ人生です。
ただ、こうして一度接点を持った理由を
考えることがあります。
なぜあの車に乗せられたのか、
なぜこのビジョンを見せられたのか。
今回の場合も思うところはありますが、
心の中に留めておきます。
とにかく「忌々しい」ので、
近づきたくありません。
それでも時折、
そんなひどい状態の人の
守護霊なのか、善なる存在が現れ、
私に語りかけてきます。
言葉で伝えるのは
先祖や最近まで人間だった存在のようで、
言葉ではない
雰囲気で知らせてくるのは別の存在です。
例えば、
オラクルカードのリーディングでは、
私の霊視で
「手遅れ」
「なすすべなし」と判断しても、
こうした存在が
「見てあげて」
「機会を与えて」
「すまないね」
「声をかけて」と伝えてきます。
結果、ほとんどの場合、
守護の願いも虚しく、
残念な結末に終わります。
私の心の「悪魔」は
「ほら、見たことか」と笑います
(今日は正直に悪魔性を晒しますね!)。
しかし、天的な心は慈悲深く、
広い視野を持ち、
ずっと先の未来や来世に
この情けの種を植えているのです。
あのシュークリームの皮に
どれだけの愛が注がれているか、
彼には理解できないでしょうが、
天的な存在は決してスタンスを崩しません。
私には、それが悲しく、悔しく、
時に憎らしく感じられます。
そんな時、慰めてくれるのは、
実は私の心の悪魔です。
「人間なんてそんなものだ。
お前は何を期待している?」と。
すると、私は心の中で声を上げて泣き、
その悪魔にすがります。
すると悪魔は、
私が忌々しいと思う人が与えてくれた愛や、
その人が受けた愛を
まざまざと見せてきます。
あの運転手が優しく
渡してくれたスーツケースを、
時空を超えてじっと見つめるのです。
残酷で、皮肉で、
しかしとても美しい光景です。
それらが色とりどりのエネルギーとなり、
宇宙の糧となっていきます。
そして、「無」が広がります。
私はまた立ち上がり、
「さ、飯だ、飯」と
夕飯の支度を始めます(笑)。
少しファンタジーすぎましたか?
私はあの運転手を密告することも、
カーサービス会社や大手保険会社に
通報することもできたかもしれません。
それが最善なら、
今後そうするかもしれませんが、
現状では証拠も根拠もありません。
それよりも、精神世界のエネルギーは
すでにこう告げていました。
あの運転手の魂は、
「人ではない」のだと。
私にはまだその意味は
わかりません。
もしかしたら、その「人」と
我々の思う「人間」とは
別の意味があるのかもしれません。
だとしたら私たちはまだ
人ですらないのかもしれませんね。
人になるために
生まれてきたのだとしたら
個人的に何となく
合点は行くところがあります。
人とは何なのか。
人の心とは何なのか。
これについては、
必ずしも万人共通の概念は
存在しないのかもしれませんね。
私たち人間の文明など、
まだその程度なのかもしれません。
はあ…
学ぶものは本当に
たくさんありますね。
これからの世界は
そういうことをリードしていく人が
必要とされています。
まいった、まいった(笑)
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