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「恩返し」による愛のリスク

私は、子どもたちが将来、

社会や親、親戚に対して「恩返しがしたい」と

言うのを聞くのが

あまり好きではありません。


親がそれを強要したり、

子どもがその言葉を口にすることで

満足げな親を見ると、

愛の理解が乏しいとすら感じてしまいます。


私自身、人生で二人の方に

たしなめられた経験があります。


一人は祖母、

もう一人は小学校の恩師です。


祖母は「そんなこと考えんでよか!」と一蹴し(笑)

恩師は「そう思ってくれるなら、

将来社会の役に立つ人になってください」と

笑顔で語ってくれました。


私も、相手が大人であれ子どもであれ、

「恩返しします」と言われたときは、

感謝の気持ちを受け止めた上で、

「家族や愛する人を大切にし、

あなた自身が豊かに生きればいい」と

返すようにしています。


恩返しの気持ちそのものは尊く、

社会性が高く立派な姿勢だと思います。


しかし、「恩返し」を

あまりに強調する姿を見ると、

どこか強迫観念めいたものを感じ、

心配になります。


あまりに過剰な場合は、

「恩返しできるようになってから

言いましょう」と、

冗談めかして

「恩返しは飲み屋のツケではないよ」と

伝えることもあります。


青年が社会で誰かに助けられ、

その恩を深く感じ、

「いつかあの人のように

立派になって誰かの力になりたい」と

言うなら、それは頼もしく感じます。


これは、「恩」の定義に沿ったものです。


①互恵性:

恩は通常、与えられたものへの

「返報」を前提とします。

生物学では「互恵的利他主義」として説明され、

例えば動物が生存のために水や食料、

血を分け合う行為がこれに当たります。


②社会的規範:

恩は文化や社会的な

規範に強く影響されます。

特に日本では、「義理」や「人情」と結びつき、

恩を返すことが道徳的義務とされる場合があります。


③心理的メカニズム:

恩を感じると、脳の報酬系が活性化し、

返報行動が促されます。

心理学的研究では、利他的行動が

自己満足や社会的信頼感を生むことが示されています。


こうした考え方から、

現代の家族環境において、

子育てを「恩」とみなすのは

適切でないと考えます。


恩という言葉を使うと、

家族の愛が他人行儀になり、

無条件の愛のイメージが

薄れてしまいます。


実際、育てた子どもに

老後の世話を求める親が

一定数いることは理解します。


しかし、老後の不安を

子どもへの愛の条件にしてしまうのは、

果たして正しい天の道と言えるでしょうか。


日本の昔話「鶴の恩返し」を

思い出してください。

助けられた鶴が命を削りながら

布を織って恩を返す物語です。


この話は恩返しの尊さを示す一方、

犠牲を伴う行為が

愛の無条件性を欠くことを示唆します。


現代の家族に当てはめると、

親が子育てを「恩」とみなし、

老後の世話を期待する構図に似ています。


こうした期待は、愛を条件付きのものに変え、

親子の絆を希薄にするリスクがあります。


家族で恩を強調しすぎると、

愛の純粋さが損なわれ、

関係が取引のようになる恐れがあります。


子どもが「恩返ししたい」と言うなら、

その感謝の気持ちを受け止め、成長を喜びつつ、

親としては無条件の愛を

しっかり体験させてあげたいと思います。


愛を条件として捉えるのではなく、

互いを尊重する関係を築きたいものです。

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