カルトとスピリチュアルの向かう先
- Shinyong the Chameleon

- 4月6日
- 読了時間: 4分
あくまで私見ではありますが、
私は次のように考えています。
スピリチュアルは、科学やテクノロジーと
完全に歩調を合わせて進んでいくでしょう。
そうでなければ、健全な方向へ進むことは
難しいと私は思っています。
旧来の伝統的な思考は
もちろん大切です。
しかし、新しい時代の価値観をもって
伝統を裏付け、深めていく方が、
むやみに「信じる」ことを強要するよりも、
多くの人に受け入れられやすいのではないかと
考えています。
私が持つ役割の一つとして、
当たり前ではなくなりつつある
倫理観や道徳観
——たとえば「命を大切にすること」や
「人間として本当に大事なことは何か」——を、
問い続けていく姿勢を
示すことだと考えています。
現代は「答えを急ぐ」時代です。
しかし残念ながら、
この世界はそのように単純にできていません。
「AIに聞けば一発で答えが出る」と
お考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、
AIであっても、エネルギーと情報の質・量によって
大きく左右されます。
「栄養」が不足したAIや企業は、
急速に廃れていくでしょう。
それも、わずか一週間程度で。
現代の事情に疎いスピリチュアルや、
自然の理に疎い導きは、
導く者としてやや不足を感じざるを得ません。
したがって、一生懸命に
勉強を重ねてきた方々こそ、
ぜひ振り返っていただきたいと思います。
後世に何を伝え、何を育てていくべきか、
もう一度しっかり確認していきましょう。
自分でしっかり自立して
考えていくことが大切です。
教えを乞うことは良いことですが、
何も自分で調べようとせず、
「人に聞けばいい」「AIに聞けばいい」と
安易に頼る姿勢は、冒頭で述べた
「すぐに答えを求める」態度と本質的に同じです。
人はどうしても
誰かに頼りたくなるものです。
また、グループに所属したがる傾向があります。
一人では不安だからです。
この習性を悪用したものが、
カルト的思考です。
〇〇商法や特定の宗教のイメージが
強いかもしれませんが、
実は私たちの身近なところにも、
カルト的思考は潜んでいます。
ファン心理を利用したもの、
環境問題、政治問題、
ビジネスの様々な場面にも存在しています。
極端に言えば、カルト的思考に
関わっていない人の方が少ないほど、
この世の情報や印象操作は
カルト的だと言えるでしょう。
今はさらにタチが悪い状況です。
バーチャル空間でのカルトだからです。
SNSの「いいね!」やフォローなども、
広い意味ではカルト的要素を含んでいると言えます。
だからこそ、「私は大丈夫」「私は被害者だ」と
自己嫌悪や自己否定に走るのではなく、
まずカルト的思考とはどのようなものかを、
冷静に知る必要があります。
人間は皆、多かれ少なかれ
カルト的思考に接しながら生きています。
なぜなら、社会を構成して生きていく上で、
集団や組織に属し、その中で形成されるルール、
価値観、信念体系を必要とするからです。
これは、ある意味で当然の成り行きでもあります。
カルトについては、興味深い動画があります。
日本語字幕が付いていますので、ぜひご参照ください。
さて、そこから先は、心の状態や社会の状態を、
いかに健全に育てていくかという問いです。
今のこの世界は、まさにその主権をめぐる
争いでもあると言えるでしょう。
健全に育てていこうとする勢力が
主権を取るのか、
管理社会へと導こうとする勢力が
主権を取るのか——あるいは……。
アメリカでは、再び宗教へと回帰しようとする
動きもあるようですが、
宗教も結局は人間が作ったものです。
これからの時代に本当に
適合していくかどうかは、まだ分かりません。
私が中学生の頃、担任の先生は
とても思慮深い方で、
「思いやり」の大切さを
熱心に説かれていました。
でも、当時の教室は、授業中も騒いで
うろうろ歩き回る、
いわば「猿の教室」のような状態でした。
そんな中で思いやりを説く、この滑稽さ。
それは、まるで今の
この世界を思わせる光景だったように感じます。
あの時、私は静かに勉強したかったし、
友達がいじめられるのも見たくなかったため、
我慢の限界を超えて、
机や椅子を投げつけ、
大声で殴りかかってしまいました。
私自身もまた、猿の一員だったのです。
しかし今は、あの頃の私が
ずっとそばで見守っています。
これからは、そのようなこともないでしょう。
人間としてあるべき姿で、
次世代へと進んでいきます。





コメント